同じく振り返った勘解由が、眉根を寄せてその姿を眺めていた。
その視線を受けながらも松次郎は続けたのだった。
「自分の楯になった女を見捨てようって言うんだからなぁ」
「貴方に何が分かると言うのですかっ? 私自身が望まぬと――」
反論しようとする白菊を睨みつけながら、松次郎は体を起こしたのだった。
「俺には、あんたが気にかけてくれって言っている様にしか聞こえねえがなぁ」
真顔のままで、松次郎は答えていた。
「姐さんがそのまま死ねば、それはそれで幻之介殿には絶対に忘れられない記憶として残るだろうさ。一生消えない傷としてなぁ」
叔父上はそれで良いんですか? と、松次郎が問いかけた。
勘解由は苦笑のままで返事をしなかった。
「幻之介殿はそれで納得できるのか?」
松次郎の問いかけに、幻之介は無言のまま項垂れた。
「方法があるのなら、試せば良い。諦めんのはそれからでもできるんじゃねえのか?」
その言葉に、幻之介は俯いたまま握り拳を震わせていた。
「方法は――? 幻之介」
勘解由はそっとのぞき込むように幻之介に問いかけていた。
「……私が、……少しだけ、耐えれば良い事なんですよね……」
小さく呟いた幻之介の言葉に、白菊が激しい反応を見せた。
「嫌ですっ! 私はそのような事などっ」
幻之介は構わずに瞳を潤ませながら勘解由の耳元にその方法を囁いていた。
全てを聞き終えた勘解由は、深いため息を吐きながら白菊の方を眺めた。
「……、そう言う事か」
呟くような勘解由の言葉。
「勘解由様――。お願いできましょうか?」
うるんだ瞳のまま幻之介がじっと見返していた。
「まぁ……。それが、お前の望みだって言うんなら…、なあ……」
はっきりとしない物言いの勘解由。
「白菊を救う方法は、これしか……」
と、言いながら幻之介は立ち上がったのだった。
「どこへ?」
突然外へ向かって歩き出した幻之介に向かって勘解由は問いかけた。
「……私は外で待っておりますので」
そうだけ告げると、幻之介は振り向きもせずに社の外へと出て行ってしまった。残された勘解由は、再び溜息をついた。
「……とは、言ってもなあ」
勘解由の言葉に、白菊は青白くなった顔を向けていた。
「私はお断りしますぞっ、勘解由殿っ」
必死の形相での言葉。勘解由はまた溜息をついた。
「それが幻之介の望みでもか?」
「その様な事――。たとえあの方の望みであっても、嫌なものは嫌じゃっ。あの方の悲しみの上に生を得ようとは思わんっ」
白菊の言葉に勘解由は苦笑を浮かべた。
「まあ、確かに……、そうかもしれんが……。だが、お前を失えば、あれはそれだけでも悲しむぞ……」
ことの成行きを傍観していた松次郎が焦れたように口をはさんだ。
「叔父上、幻之介殿から方法を聞いたのに、何故おやりにならぬのですか? いつまでもそのような不毛な問答を続けても――」
と、言った松次郎を睨んだ二対の瞳。
「って、モノは相談だが、白菊……」
「何の……事…」
「俺でなければ――、お前は良いか?」
「何を言っておられる…の……か」
しどろもどろになる白菊に勘解由は再び問いかけた。
「幻之介の望みだ――。他が相手ならば、お前はあの方法を受け入れるのか?」
「それが、あの方の望みなれば……。でも、どこにそんなモノ好きが……」
白菊の言葉に勘解由はニヤリとした笑みを浮かべた。
無言のまま、松次郎を手招く勘解由。
松次郎はその手招きに勘解由に近づいた。
「松――。言いだしっぺは、ちゃんと責任取らねえとなぁ」
言いながら、松次郎を羽交い締めにすると、その耳元でぼそぼそと何事かを呟いていた。
その言葉を聞くにつれ、松次郎の表情は険しくなっていった。
「叔父上、それは本気なのですか?」
おおよその話を聞き終えた松次郎は、勘解由にそう詰め寄った。
「松…。おまえが一番の適任者だと思うんだがなぁ。まあ、ここはひとまず、俺の為に一肌ぬいじゃくれねえか?」
やたらに下手に出る勘解由。
その言葉に、松次郎の表情が曇った。
「そりゃあ、叔父上の頼みとあれば…。でも……」
「なんでえ、おめえ好みかと思ったんだが、違ったか?」
「そりゃあ、そうだけど……。でも、それと、これとは……」
「まっ、そう言う事で。…後は頼むさっ」
勘解由は嬉々として立ち上がったものだ。
「さしもの俺もなあ、今回ばかりは役立ちそうもなかったんでな……。いやあ、助かるよ……」
そう言いながら、勘解由は幻之介の後を追うように社から出て行ってしまった。
社の中に残された白菊と松次郎。二人はただ、無言のまま互いの顔を見つめ合うだけだった。
社の外では、幻之介が両膝を抱えるようにして蹲っていた。
自ら勘解由に頼みこんだ事とはいえ、その行為自体を直視できるほどの心境ではなかったのである。
『人』の精を受け、一族のモノとは異なったものに変化する――。それしか今の白菊を救う手だては無いのだった。とはいえ、やたらな相手に頼める内容でもなく、仕方なく勘解由にその事を告げたのだった。
勘解由自身が、己以外を相手にする――。その事に幻之介は耐えるしかなかったのである。白菊を救う為――。何度も、何度もそう自身に言い聞かせ続けたのだった。それでも、自然と目頭が熱くなってしまうのは止められなかった。
「……呼んだか? 幻之介」
ふと、愛しい男の声が聞こえた。
どうやら、幻之介自身、無意識のうちに男の名前を呼んでいたらしい。
「何故……、勘解由様がここに…」
涙目のまま顔を向ければ勘解由は優しく微笑んでいた。
「ここにいちゃ悪いのか?」
「でも……」
今にも泣き出しそうな表情をして幻之介は言い淀んだのだった。
そんな幻之介の隣に、勘解由は並ぶように腰を下ろした。
「幻之介には悪いが……、俺にゃあ、無理だ」
勘解由は事も無げに言い切ると、そのまま幻之介を抱き寄せた。
今さら他の奴相手にはなあ……、と耳元で囁いたのだった。
「お前が傍に居るって言うなら兎も角な、白菊相手ってのは、俺にもちょっと……」
と、言うものだ。
ある意味、嬉しさを隠しきれない幻之介であったが、思いは複雑だった。
「……まあ、後は言いだしっぺが旨くやるだろうさ」
と、幻之介の顎先を捕らえてきたものだ。
「松次郎に任せてきた。なにしろ白菊も俺は嫌だと言うんでなァ…。あとは二人次第だが、まあ、なんとかなるだろうさ」
無責任そうに言いきる勘解由。
幻之介はほっとしたような表情を浮かべながら勘解由に寄り添っていたのだった。
「私は我がままですね…」
「なぜ?」
「……こうなって、安心しているのです。白菊も救いたい――、でも、それ以上に貴方が他の方を……」
幻之介は涙を流した。
「そうか……。なれば、かえって良かったのかもしれんか」
勘解由はそっと幻之介に耳打ちした。
「今さら、他の奴相手に致せるもんかっ」
その言葉に幻之介は頬を染めた。
二人はそのまま寄り添いながら、夜空を見上げていた。
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