猫又女帝の暗黒帝国(本館)
歴魔女の館へようこそ。入口の『注意書き』をよく読んでね。


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 祭壇の前にうつぶせのまま横たえられた体。大分その呼吸も安定して来たかのように思えた頃。その傍に座った幻之介は、ただ深いため息を吐くだけだった。
 きつく布を巻き締めた体を横たえているのは、人体へと変化した白菊であった。その頬には薄らと汗が浮かんでいた。時々苦痛に歪められる表情。未だ意識は回復していなかった。
 村人たちの怪我は多喜が必死に対応していた。松次郎と勘解由は無事だった数名の男どもを引き連れて骸と変わり果てた村人たちの埋葬を行っていた。
 誰もが無言のまま、暗い表情を晒していた。幻之介もその一人だった。
 日暮れと共に、一時作業を中断した人々。誰からと言う事もなく社の周囲へと集まってきていた。あちらこちらに出現した焚き火。その周りに村人たちは腰を下ろした。
 無事だった女子供の殆どは無言のまま炊き出しを始めていた。ある一部は忙しそうに駆けずり回る多喜の手伝いを行っていた。
 未だ意識の戻らぬ白菊を横目で見ながら幻之介はそっと立ち上がって扉の傍へと行った。
 そっと外の様子を眺めていると、幻之介の姿を見た多喜の子供たちが駆け寄ってきたのだった。
「幻兄ちゃん、もう行くのか?」
 あたりはすでに薄闇に包まれようとしていた。いつもならば勘解由ともども、とっくに村を離れている刻限なのである。
「今日は居てくれようっ。母ちゃんも忙しそうだし……」
 言いながら幻之介の足元に抱きついてきたのだった。
「でも…、私には……」
 ふと、勘解由との約束を思い出し、それ以上の返事を返すことができないでいた。
 その場に座り込むと、子供達は幻之介に甘えるように抱きついてきた。
 幻之介も、その二人の体を優しく抱き締めていた。
 幻之介がふと顔を上げれば今まさに戻ってきたばかりの勘解由が目の前に立っていた。
「……白菊の様子はどうだ?」
 幻之介に甘える子供たちを視界にとらえながら、勘解由は問いかけていた。
「いまだに……」
 ふと曇る幻之介の表情。
 勘解由はそれ以上何もいうことなく、社の中へと消えていった。
 突然の凶事に村人の誰もが不安げな表情を見せていた。
 多喜も疲労の色を浮かべながら戻ってきた。だが、子供達は幻之介の傍から離れようとはしなかった。そっと後ろを振り返れば勘解由は先ほどまで幻之介が座っていた場所に居た。時々、白菊の汗を拭ってやりながら、その顔を覗き込んでいたのだった。
 ふと視線を戻した時に、幻之介の顔を見つめる二対の瞳とぶつかった。幻之介はそれに微笑みを返した。
 そして懐に手を差し入れ、笛をとり出したのだった。
 何と言うわけではなかったが、幻之介はその『焔華』を口にあてた。
 心の思うまま、指の動くままに幻之介は曲を奏でた。
 あちらこちらから聞こえるうめき声。負った傷の痛みに呻く声を包み込むように静かな調べが流れていく。
 不安に肩を抱き合って寄り添っている者たちをも優しく包み込んでいくような調べ。
 いつしか聞こえていた呻き声は小さくなり、抱きあう者たちの震えも収まってきた。
 幻之介の傍らの幼子二人は、彼の着物の端を握り締めたまま寄りかかるようにして目を閉じていた。
 幻之介は無表情のまま、静かな調べを吹き続けていた。
 いつの間にか天上には大きな満月が昇っていた。皆の顔がうっすらと分かるほどの明るさ。青白い仄かな明りを降り注ぐそれを無言で見つめる者達もいた。
 ただ、誰もが暗闇の中に入る事を恐れているような表情だった。
 老いも若きも関係なく、生き残った村人たちは全て社の前に集まっていた。ゆっくりと、その村人たちを遠巻きにするように、青白い炎がポツリポツリと現れた。
 幻之介の曲に合わせるように、ゆっくりとそれらは動きだした。まるで村人たちを守るかの様に、輪になりながら回り出したのだった。それに気がついた村の子供たちがじゃれるように炎を追いかけた。触れそうになるとそれは高々と宙空へ舞い上がり、ぱっと霧散するのだ。その後、少し離れた場所にまた別の炎が現れる。夢中になって追いかける子供たち。時々楽しげな笑い声をあげていたのだった。その炎は子供たちをからかうように、動き回った。いつの間にか、子供たちの無邪気な笑い顔が広がっていた。そして、その笑いはいつの間にか大人たちへと伝わっていくのだった。徐々に穏やかな表情を取り戻しつつある村人たち。はしゃぎまわった子供たちは適当な場所に座り込んで転寝を始めてしまった。
 近くに居た大人たちが、誰の子と言うのも構わずに抱き寄せていた。
 穏やかな雰囲気は大人たちをも取り込んでいた。あちらこちらで、規則的な吐息が聞こえだしたのだった。不思議ともいえる光景。村人たちの全てが深い眠りの中へといざなわれていたのだった。
 その姿を見て、幻之介は口元から笛を離した。
 無人たちを取り巻く炎が、幻之介の奏でた調べを小さく鳴らしていた。
 暫く社の扉口で、その様子を眺めていた幻之介。何かを吹っ切るように社の中へと姿を消した。
「見事なもんだな……。それもあの婆さんの力なのか?」
 白菊の傍に座っていた勘解由が振り向きざまにそう問いかけてきたのだった。
 幻之介は無言のまま頷いた。
 勘解由はそれ以上問いかける事もなく、幻之介を手招いていた。
 その手招きのままに、幻之介は勘解由の隣へと腰を下ろした。
 少し離れた場所では、松次郎が大の字になって横たわっていた。
「どうなんだ、白菊は……」
 勘解由は幻之介を抱きよせながら聞いていた。
 素直に身を任せながらも、幻之介は勘解由の言葉に項垂れた。
「そんなに深い傷とは思えねえんだが…」
 幻之介は勘解由の呟くような言葉に、重い口を開いた。
「……傷の問題だけではないのです」
 溜息をつく幻之介の言葉を勘解由は黙ったまま聞いていたのだった。
「人型に変わったことが問題なのです」
 勘解由は幻之介の顔を覗き込んでいた。
「白菊は呪を使ってその体を幼体の時期に戻していたんです。それを……、彼女は自らの手で…」
「自ら人型になったことがまずいと?」
 呪は代価を必要とするのです――、と幻之介は言った。
 白菊は『力』を有する代わりに『成人体』としての生活を封じたのだった。だが、彼女は自らの手でその禁を解いた。妖狐としての姿よりも、確実に幻之介の楯になれるその姿を選んだのだった。
「妖狐としての力が、いま、彼女を蝕んでいるのです」
 幻之介は涙を浮かべながら言ったのだった。
 勘解由は、そんな幻之介の頭を優しく撫でつけることしかできなかった。
「何か……、方法はねえのか?」
 勘解由の言葉に幻之介はその身を緊張させた。
「ねえってわけじゃ無いんだな……」
 勘解由の言葉に、幻之介は小さな頷きを返しただけ。
「じゃあ、その方法を…」
「ダメなのです……、それが……」
 幻之介はそう言うと、両手でその顔を覆ってしまった。
「私はその方法を知っている――。でも、私では……、駄目なのです」
 繰り返される言葉。
「何もしねえで、このまま見ているだけか? それで良いのか? 幻之介」
 勘解由の言葉に幻之介の体がびくりと竦む。
「このままで構わぬ……。それで良いのですから」
 その言葉をつづけたのは、白菊自身であった。
 見つめ合う同族二人。その二人は、方法を知っているのだろう。
「私は、幻之丞様の役に立てただけで本望なのですから……。それ以上は、お心配りなさいませんよう……」
 か弱いほどの白菊の声。すでに体を動かすのも辛いのか、顔を向ける事も無くそう続けたのだった。
「冷たいんだな……、幻之介殿は」
 ふと、声のした方を振り向けば、いつの間に起き出したのか、腕枕のままの松次郎の姿であった。
 

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プロフィール
HN:
猫又女帝・垂氷
性別:
女性
職業:
地獄の使い
趣味:
妄想
自己紹介:
「歴女」かもしれません。「BLヲタ」かもしれません。
「ホラー・オカルトマニア」と言う話も聞こえます。
不思議な「生き物」である事は間違いようがないです。
猫好きのたぶんB型です。
ある意味、「ぬこ」そのものだという評価もありますがね。
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