抱き込まれている安堵感にか、幻之介はうつらうつらと夢の中を漂い始めた。温かい焔が己を包んでいくような感覚。耳元から聞こえるのは馴染んでしまった男の鼓動。その振動に合わせるかのように、己を包む焔も揺らいでいた。
そのゆらゆらとした感覚から引き戻す冷たい雫。口の中に流し込まれてくるその潤いが、乾いた喉を癒していった。ゆっくりと瞼を上げれば、薄暗闇の中に愛しい男の顔が現れた。優しい視線で覗き込む男の顔。不意に歪んでくる視界。
「ごめんなさい」
咄嗟にでたのはそんな言葉でしかなかった。
抱き留めてくれる男は優しく頭を撫で続けていた。その男の胸元に顔をよせれば、聞こえる鼓動が僅かに早まっていく。
あの日以降、明るさの中で事に及ばれるとどうしても体が反応しなくなっていた。全くと云うわけではない。ただ、終わりをみないだけ…。
あの日―――。魔王との対決の後の出来事。苦しい程の快楽の中、抱かれて以来なのである。明るい光の中と云うのがどうやらあの時の快楽と苦痛の狭間を行き来した記憶を蘇らせてしまうのだ。
浅ましい程に欲したあの日の事を体が先に思い出す。無意識のまま、快楽だけを求めていく体に自分の気持ちが付いて行かなくなるのだった。誰のせいでもない。己の体の浅ましい程の欲求に怖気づいているのだ。
解っている―――。そう何度も己に言い聞かせても…。結局は駄目なのである。こうやってただ抱き締められているだけならまだしも…。本当ならば、夜でさえそうなのだ。ただ、夜は…。己の本性の欲求の方が勝る。己の欲望に忠実なままの「鬼」としての本性の方が遥かに幻之介の意識を凌駕していく。
闇の力のせいなのか。月闇の魔力なのか。幻之介自身ですらその正体は解らない。ただ、快楽に溺れていく怖さだけが薄れていくのであった。
勘解由にだけは知られたくない己の本性。知られてしまった後が怖いのである。その気持ちが、余計に幻之介の制御力を高めてしまっている事にすら気づけない程であった。魔王の前では平気で晒せたその本性の姿も、勘解由の前では出せないのである。
(鬼と変わるこの姿…、貴方にだけは…)
嫌われる事が、拒絶される事が怖い。
「どうしても、嫌か…」
溜息交じりに聞いてくる勘解由の言葉に幻之介はただ頭を振るしか出来なかった。
「明るい中じゃあ怖えか、まだ…」
その問いかけに、ただ頷きを返すだけ。このままでは飽きられてしまう…。その、恐怖もあった。勘解由を取り巻く人々の存在も、幻之介にとっては恐怖の対象でしかなかった。この場所に居る時だけが、幻之介にとっては唯一の勘解由との時間なのである。それ以外の時は、彼は周りの人と…。決して自分一人のものにはなってくれない存在。ただ一人彼を待っていた時に感じた紅蓮の焔の存在に気が付いてからは、余計に憶病になってしまった幻之介であった。
(私一人だけを…。そう云えたならばどんなにか楽になれるものを…)
「…ごめ…んなさい」
幻之介には、ただ男の広い胸に取りすがって泣くしかなかったのだ。それも、毎度の事。真昼の情事に及ぶといつも…。それを黙って抱き留めてくれただけ。
「泣かなくて良い…。別にそれだけが目的ってわけじゃあねえから…」
いつもの、勘解由の言葉。
幻之介は、ただ涙が治まるまで慰めてくれる男に体を委ねるだけだった。
ぱちぱちと火の粉の爆ぜる音だけが聞こえる。自在鍵にぶら下げられた鍋からは、白い湯気が揺らめいていた。夜の訪れとともに、徐々に寒さも増していく。二人は囲炉裏端に寄り添うようにただ座っていただけだった。
薄暗闇の中、囲炉裏の中の焔だけが二人を照らしだしていた。
「…向こうへは、何時…」
問いかけた声が微かに震えを帯びていた。
「近々…。まあ、天候次第だと思うがな…」
静かに答えを返す男の声。
「それでは、御戻りになられる時期も解りませんよね…」
そう呟きながら、幻之介は傍の男に寄り添っていた。
「まあなあ…。この時期だからな…。吹雪かれれば、どうしてもなあ…」
飄々とした口調で返す男の胸元に、幻之介はただ顔を埋めただけ。
男は、そんな幻之介をさも嬉しそうに見つめて抱き寄せてきた。幻之介は相手の行動にただ、無言のまま従っただけ。
口には乗せられぬ言葉が重くのしかかってくるのを感じたままで…。
「…流石に、夜は冷えてきやがるな」
そう言いながら、男は幻之介の体を抱き上げた。華奢なその体を、いとも簡単に己の膝の上へと乗せたのだ。
「おめえは、また冷えちまって…」
と、笑顔で言ってくる男。その愛しい顔を、幻之介はただ見詰めていた。ゆっくりと近づいてくる相手の顔を、ただじっと眺め続けた。
吐息がかかる距離で男が話した。
「幻…、まんま抱きついてろ。いいか」
その問いかけに幻之介はただ頷きを返しただけ。
啄ばむ様な口合わせをしながら、男は幻之介を抱き抱えたまま立ち上がったのだった。
幻之介は、ただ愛しい男の体に両腕を廻してしがみついた。そして、男の言うがままに戸を閉めた。
多少は囲炉裏端の暖められた空気が流れ込んでいたとは言え、全く火の気のないその部屋は吐く息すら白く変わっていく。横たえられた寝具ですらも、冷やりとした感触。
啄ばむ様な動きを見せていた男の口先も、少しずつ激しさを増していく。幻之介は吐息の乱れを感じつつも温もりを分けてくれる存在から腕を離す事が出来なかった。
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