冬山の天候はいとも簡単に変わっていく。強い風に吹き上げられた降り積もった雪が、突然その視界を覆う事も珍しくはない。さっきまで青空が見えていたと思っても、いつの間にかすぐに雪雲に覆われていく。
それでも山遭いに住まう者達は、その天候の変化を読み取る様にして生活を続けていく。時折覗く真昼の日差し。僅かな時間を見つけだしては、外で息抜きをするのだ。
幻之介がこの地に来て初めての冬。先に住まう男達には毎年の事も、幻之介にとっては新鮮な出来事にしか映らない様子。
昼の間、なんかの用事を見つけては、誰ともなしに勘解由の屋敷へと集う男達。かなり遅い時間になるまで、男達は幻之介の傍に侍るのだった。
そして、もう一つの存在はわざとの素振りで幻之介の膝の上を独占している。豊かな白い尾を振りつつ、最初から最後まで幻之介の傍から離れようとしないのだ。それでも、幻之介は嫌な顔一つ見せずに己の膝の上で好きにさせている。
寧ろ表情を曇らせているのはもう一方の男の方であった。そして、これ見よがし大きな溜め息をついて見せるのである。そのたびに、幻之介の廻す糸車の手が止まる。
勘解由は幻之介の背後にちょうど背を向ける形で横になっていたのだった。ちらちらと、背後を気にするように振り返る幻之介を男達は笑顔で見つめていた。
「…旦那、この正月はあっちに戻らなくてもいいんですかい」
佐吉がまるでからかうような口調で勘解由に問いかけた。
「なんでえ、俺がいちゃあ邪魔だってのかあ」
返す勘解由の言葉に幻之介がびくりと反応を返した。男達はその姿を見て、小刻みに体を震わせた。
「別に、そんな事いってやしませんって。ただねえ…」
言葉を濁す佐吉を男達は笑いをこらえた表情で見つめたのだった。
「ただ、なんでえ」
さも、不服気にかえす勘解由。
「なにも、幻の傍に張り付いていなくたってさあ…、逃げやしねえでしょうにねえ」
男達のやり取りを、はらはらとした心持で聞いていたのは、幻之介ただ一人。
「旦那はさあ、幻と離れてたくねえだけなんだよなあ」
そう、あからさまなからかいの言葉をかけたのは与吉。
「確かに、ちげえねえや…」
口ぐちに賛同の声を上げる男達。
「おめえらなぁっ」
そのからかいに堪え切れなくなったか、勘解由が思わず体を起こして男共の方に向き合った。
その声にびっくりしたように振り返った幻之介。
男共は、素早く幻之介を盾にその背後に集まった。勘解由の正面に対峙するのは、おろおろとした表情を浮かべた幻之介。
「…すいません。…あの、何か御気に障る様な事でもしてしまったのでしょうか」
あまりの勘解由の形相に、幻之介の瞳が潤み始めた。
「いや…、おめえじゃあねえよ…」
その顔を見てとった勘解由の表情も緩んでいった。
「旦那…、幻を独り占め出来ねえからってさあ。俺らに当たる事ねえんじゃあねえよ…」
大の言葉に流石の勘解由も顔色を変えた。
誰に言葉をかけるでもなく、勘解由はやおら立ち上がると足音も高く自分の部屋へと籠ってしまった。ただ、その閉める戸の音だけが異様なほど響いた。
その音に、びくりと身をすくめたのは幻之介。
「ああ、全く小物だねえ…」
ぼそっとした呟きを零したのは幻之介の膝の上の存在。呆然とした表情を浮かべたままの幻之介に向かって白狐は声をかけた。
「幻丞様、本当にあの男の何処がお気に召したというのですか…」
全く隣には聞こえないであろう声音の問いかけに、幻之介はただ儚げな笑顔を向けただけ。
ここ数日、勘解由の態度が苛立ちを帯びていた事を感じていた。ただ、幻之介にはその苛立ちの原因が分からなかったのだ。自分の行動が彼をそうさせている事だけははっきり理解できるのに…。
「幻、放っておけって…。何もお前がなだめに行くことなんかねえよぅ」
「そうそう…、ただのヤキモチだからさ…」
「でも…」
佐吉や与吉の言葉のままにはしておけない幻之介。でも、どうしたらいいのかすらも分からず仕舞い。ただ、おろおろとした視線を動かすだけであった。
「幻はやっぱり、俺らと居るよりはな」
そう言いながら、大は幻之介の膝の上からどかない白菊の体を抱き上げた。
何をする――、と云わんばかりに威嚇を見せるその存在をものともせずに大はしっかりとその体を抱え込んだ。
「行って来いよ…。俺らの事は気にしねえで良いから…」
小さな頷きを見せた幻之介を見送ると、男達は仰々しいまでに溜め息をついて見せたのだった。勘解由の部屋の中へ消えていく幻之介の姿。どうせ、その後は―――。
男共は、そそくさと身支度を整えると集会場となりつつあるもう一つの場所へと移動していった。
>4-6
この記事にコメントする
- HOME -


