「それにしたってなあ……。幻之介、こっちはどうなんだ?」
勘解由が指さしたのは化生体の子。瞬きもせず、丸まったまま震えているだけの子狐。
「次に白菊が手をかけようとしたのな…。こいつなんだぜ」
紅き瞳は微動だにしない。
「この子は、目が……」
幻之介はそっと手を差しのべながら小さく呟いた。
「このままでは、この子も生を全うしない……」
「何とかならねえもんか?」
勘解由が幻之介の顔を覗きこんだ。
「そんな事を言われても……。この子は母に殺されかけて、己の殻に閉籠ってしまっているのですから……」
「だから、…そこを、何とか……」
「でも……」
「母親にゃあなってやれんが、親父の代わりぐらいは出来ようからな…」
勘解由は照れたように言ったのだった。
「お前の小さな頃に良く似ている――」
その言葉に、なぜか幻之介は頬を染めた。
「あの……。これは、雌ですが」
「へえ、そうなのか。娘も良いなあ……」
「そんなこと言われても、私には方法が解りま……」
言いかけた幻之介の腕の中。亡骸となった塊が、ぼうっと淡い光に包まれたのだった。
『…え、…喰え、我…の体……こ…力を…その……娘………えよ……』
びっくりした表情で腕の中のモノに視線を向けた二人。
『我…が力……その子へ……与え……』
再びの声で、幻之介の体からは炎が噴きあがった。
「そのような事――」
紅い瞳となった幻之介が呟く。
『も……う時…が、早く……』
怯えた表情で勘解由をちらりと見た幻之介。目の前の男は無言のままに頷いた。
「構わん。俺の事など気に留めるな。方法があるのならば、それを試せ……」
『早…く……』
「お前が何をしようと、……何があろうと構わん。俺とお前は対の鬼だからな。お前を見放す事などあり得ん。だから……」
吹きあがる炎をものともせずに、勘解由は幻之介を強く抱きしめた。
幻之介は手を震わせながらそれを口元に運んだ。掌に乗るほどの小さな塊を、幻之介の牙が噛み砕いていた。
霧散した淡い光が消えゆく寸前、勘解由の耳元で小さな少女の声が聞こえたのだった。「ありがとう……」と、微かな囁き。一瞬だけ勘解由はそれに気を取られていた。
幻之介は口移しで勘解由の腕の中でうずくまったままの子狐にその肉塊を与えた。始めは嫌がるように頭を振る子狐だったが、幻之介の執拗なまでの口合わせに少しずつそれを飲み下していった。体勢の辛そうな幻之介に、勘解由は子狐の体を預けた。幻之介はまるで、母が子に乳を与えるような姿勢で口を合わせていた。
それを横目で見ながら、勘解由は奥座敷の方へと消えていった。
勘解由が、蝋燭の灯りを手に探し出した物を持ってくると、すでに幻之介の体からは炎は消えていた。半ば虚ろなその表情。口元に残った僅かな血糊を、子狐がぴちゃぴちゃと音を立てて舐め取っていた。
無言のままに勘解由が差しだしてきた器を、幻之介は疲れ切った表情で受け取っていた。村人が奉納した神酒徳利を持って来たのだった。器に注がれた酒を幻之介は一気に飲み干した。ふうっと吐き出された色香のある吐息。途端に幻之介の表情がトロリと緩む。勘解由は二杯目を注いだ。だが、幻之介はじっと勘解由を見つめたまま動こうとはしなかった。
子狐はいつの間にか人型の方へと寄り添っていた。紅く染まった口元のまま、その赤子の口元をぴちゃぴちゃと舐め始めたのだった。無表情のままモゾモゾと動くだけの赤子が、声を立てて笑い始めた。
幻之介は器をもったまま、じっとしていたのだが、赤子の声で、その方向にちらりと視線を向けたのだった。
「三人目が悪しき記憶を持って逝ったようだな……」
言いながら、勘解由は赤子を抱き上げ、己の膝の上へ横たえた。子狐もその傍に蹲った。その上で、勘解由は幻之介の手の中の器を取り上げ、若者を抱き寄せたのだった。おもむろに酒を含むと、幻之介の口へと唇を重ねた。ゆっくりと流し入れるそれを、幻之介が少しずつ飲み下していった。ついでとばかりに舌先も絡め取り、吸い上げたのだった。乱れる幻之介の吐息。
唇が離れた時には酒のせいなのか…。幻之介の肌は仄かに染まっていたのだった。
「非常時とはいえな――。やはりお前が他の奴と口合わせする姿を見るのは気分の良い物ではないな……」
ぼそりと言った勘解由に、幻之介は絶句した。
「なっ……」
再び酒を伴って降りてきた勘解由の唇と、駄目押しの酒精に幻之介は身動きも取れない有り様になっていた。いつの間にか外れたそれは、幻之介の首筋や耳元にまで及ぶ。
「こっから先は、後での方が良いか?」
「もうっ、当たり前ですっ」
乱れられた吐息のままに、幻之介は広げられかけた襟元を必死でかき寄せていた。いつの間にか、幻之介の瞳の色も戻り、牙も消えていた。
ぐらりと揺れる視界に幻之介の体が傾いだ。それを勘解由が受け止め、横たえた。ついでに赤子達も幻之介の傍らに横たえたのだった。
そっと、それを抱きこむ幻之介を勘解由は眩しそうに眺めた。
「まるでお前が産んだ子みてえだな……」
「何を……、馬鹿な事を」
耳まで一瞬朱に染めた幻之介であったが、すぐに悲しげな表情に変わったのだった。
「勘解由様にはいくらでも嫁の宛てがございましょう……」
「俺が?……そう言うお前はどうなんだ?」
幻之介は無言で頭を振った。
「俺の嫁にやあ、お前で充分さ。まあ、お前は嫌かも知れんがな……」
「……私、子も生せませんのに」
「子供など、こいつらで充分だろ?まあ、白菊と松が一緒になれば、もっと増えそうだが……」
言いながら、勘解由は赤子もろとも、幻之介を抱き寄せていた。
「こうやって居ると、まるで本物の家族のようだろうが……」
「本当に、良いのですか?勘解由様は……」
「お前似の子等に囲まれて生活するのは楽しそうだな」
笑いを飛ばす勘解由の腕に、幻之介はそっと寄り添っていた。
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