猫又女帝の暗黒帝国(本館)
歴魔女の館へようこそ。入口の『注意書き』をよく読んでね。


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「お疲れ様でございましたなあ…」
 濡れ手拭いと、着替え一式を持ち込んで、独り広間に座っている家老。
「ご首尾、宜しいようで…」
 と、襖から漏れ聞こえる声に耳を傾ける底意地の悪さ。
「…面倒な事を。…もうこれ以上は付き合わんぞ。…爺」
 汗を拭いながら、差し出される着替えに袖を通す勘解由。
「真に、お手数をお掛け致しまして…」
 すいっ、と開けられた別の襖の先には、酒膳を運びいれる見慣れぬ女官の姿。勧められるまま座について酒杯を傾ける勘解由に、女官が深々と頭を下げた。
「此度の事、私目の一存に御座いますれば…。何卒…」
 と、床に額を擦らぬばかりにひれ伏した。
 二人の仲を案じた奥方付き女官の計らい事。
「…まあ、なんだね。こちらも、悪い思いばかりじゃなかった訳だし…」
 と、勘解由は家老に助け舟を求めた。
「終いが良ければ…、と云う奴ですかな…。さあ、さあ…、もう面を上げてくだされ。当方の馬鹿旦那も、困り果てております故に…」
 相変わらずの毒舌に、勘解由は嫌な苦虫をつぶしたような表情を見せただけにとどまった。
「…ともあれ、人んちで初床とは…、困った若夫婦だが…。まあ、後は勝手にやってくれや」
 手の中の酒杯を飲み干すと、勘解由は背伸びと共に立ち上がった。自身の寝室へ戻る為に。
 出際に家老に数事伝えると、そのまま自室に向かったのであった。流石の勘解由自身も疲労の色を隠せないでいる。己の後見人の為とは言え、良くもまあ保てたもんだ…、と呆れかえったほど。昼過ぎからの篭りのせいか、床にたどり着いた途端に勘解由は正体なく深い眠りについたのだった。
 
 日が高く上がっても、勘解由は床を離れる気にはなれなかった。未だ疲労感を引きずったままで、何度も寝返りを打つ。流石の家老も、今日ばかりは何にも言ってはこない。だらだらとした時間を費やしているうちに、また夕暮れ時が迫ってくる気配。
(今日もまた、戻れなかったか…)
 勘解由は、自分の小さな屋敷に残してきた、若者の事に思いを巡らせた。
(あれの、土産は何が良いかなあ…。そう言えば…)
 思い人の好みを聞く事をしっかりと失念していた自分に呆れかえっていた。
(まあ、そんな隙も無かったしなぁ…)
 と、出がけの顔を思い出しては、独り笑みを浮かべる勘解由であった。
 あれから、二日が過ぎようと云うのに、若夫婦は帰る気配を見せない。広間奥の隠し寝所に籠ったままの状態のようである。まあ、火急の用件などで、やってくる者達との会見は広間を使っているようだが…。そろそろ…、と家老がこちらに催促してくるようになってきた。
 当然あの夜以来、勘解由自身はあの部屋には踏み入れていない。若様がかまけている間、勘解由の方に持ち込まれる用件が倍増していたからである。
「いかに、晴れて夫婦になったと云っても…、そろそろお帰り頂かなければ…」
 そう云って、家老が勘解由の所に現れたのはつい先程の事。夫婦仲が睦まじいからと云って、誰が咎める事が出来よう。
「爺…。悪いが、こればっかりは相談には乗れねえな。……そのうち、気がすんだら、お出ましになるんじゃねえのか」
 心配をする家老とは裏腹に、勘解由の方は全く気にも留めない。これ以上、面倒に巻き込まれたくないと云う勘解由自身の気持ちもある。籐五郎の方はともかくとしても、あの女傑にまで挑まれたのでは、この身が持たないと、家老に愚痴った程であった。
「…まあ、その内に…」
 と、口を開きかけた処で、勘解由の顔色が変わった。対峙していた、家老の後ろに問題の二人の姿を見たからであった。
「ご家老殿。…申し訳ありませぬが、席を外して下さいませぬか」
 以前のような高飛車な物言いの薄れた奥方の声に流石の家老も、振り向く事が出来なかったようだ。
「……いやいや、これは…。では、これで…」
 しどろもどろの、受け答えのまま、家老は逃げるようにその場から退散したのだった。
 周りを気にするかの様な素振りで、二人は勘解由の自室に入り込んだ。夫婦揃いで勘解由の前に腰を下ろすと、今度は互いに目配せを交わした。その様子に焦れた勘解由が口を出した。
「若夫婦揃って、何のようだい。鰥夫男への見せつけかあ~」
 揶揄する勘解由の言葉に、二人口を揃えて
「違います」
 と、言ってくる程の息のあいよう。意図せず揃った言葉に二人の顔に朱が走る。
「叔父上、からかわないで頂きたいです」 
 拗ねたような物言いの若様。
「…先日のお話の事です、叔父上。本当に、何処にも行かれませんよね」
「何が?」
「その…、叔父上の想い人の…」
「勘解由様…。それは真の話でございましょうや。我が想いを袖にしてまで…、何処の女性と…」
「ちょっと…、何を突然…。だああっ…、もう…。何を言ってんだ、おめえ等はっ」
 二人詰め寄ってくるその迫力に、流石の勘解由も及び腰になった。
「お逃げにならないで頂きたいです、勘解由様。その方とのお付き合いは何時からで御座いますのっ」
 完全に、他の女と決め付けた奥方の詰め寄りは正に鬼神の様な迫力。
「…ちょっと、奥方殿。…籐五郎、なんとかしろ、おめえ」
「私も、その件はお伺いしておりませんので…。それに、叔父上の周りには、色々お噂が絶えませんし…。」
「勘解由殿…、その方は私よりも…」
 勘解由の胸に取りすがるように涙を浮かべる奥方殿。
「そう言う事は、自分の旦那に向かって…」
「別に構いませんよ、叔父上様。どうせ互いの想い人が誰なのかは、今は百も承知の間。想う相手が同じなれば、利害か一致するのであれば、共に手を組もうと話し合ったばかりですから」
 満面の笑みを浮かべながら、今度は籐五郎自身も詰め寄ってくる。
「逃がしません、叔父上。私の傍から離れることなど…、許さない」
「私たちですわ、籐五郎様。盟約お忘れかっ」
 己の旦那に向かってまでも、威嚇するような物言いの女傑。が、勘解由を見つめる視線だけは、甘く蕩けだしてくる有様。
 若夫婦の引き籠りの原因はどうやら勘解由自身にあったらしい。閨事の睦まじい会話もせず、ただ腹を割った夫婦の話し合いとでもいうのだろうか。互いの想い人に対する気持ちの確認と協定締結。そして、それを邪魔しようとする存在の排斥もしくは懐柔行動。なまじっか頭の回る籐五郎に、異様なまでの行動力を見せる奥方。この組み合わせには、流石の勘解由も顔色を失うしかない。
「…頼むから、おめえ等。…これ以上面倒かけんでくれや。」
 つい零してしまった愚痴。表屋敷では滅多に見せる事のない砕けた様子に、奥方の顔色も嬉々としていく。そんな視線を横目で流しながら、勘解由は渋々話を始めた。
「…だから、俺の片思いだって云うの。まだ、今ん所はなあ。こっちの方は、ほっといてくれねえか…」
「御伴侶に…、とお考えなのでありましょうか…」
「出来る事ならそうしてえが。…おなごではないしな…」
 その言葉に、奥方の顔は歓喜に染まった。逆に、暗い表情を見せたのは籐五郎。両脇からしな垂れかかってくる二人を受け止めたままの体勢で、勘解由は壁にその背中を凭れさせた。
「俺にとっちゃあ、おめえ等はどこまでいっても、可愛い甥っ子夫婦でしかねえ…。だけど、あいつは…」
「我らとは違うと…、叔父上…」
 憎たらしいと、言わんばかりに双方が勘解由の脇腹を抓る。
「っ痛。…っておめえ等。…これ以上は、勘弁してくれや。頼むから…」
「ご紹介もしては下さいませんのか…、勘解由殿」
 大きなため息一つ勘解由は漏らした。
「出来れば、こっちとは関わらせたくねえんだがなあ。…あれには、武家作法だの何だのと、煩わせたくねえってのがなぁ…」
「あちらで、ひっそりと匿われると…」
「あちらとは…」
「叔父上の隠れ家…。余程の事がなければ、こちらの屋敷には居られないのさ…」
「そうでしたの…。では、我らの事は余程の事なのですわね…」
 勘解由の体を挟んでの、夫婦の会話。勘解由自身は呆れて物も言えない。ある意味似た者夫婦。
「では、ある意味我々も勘解由様の中では特別なものですわね」
 欲情に潤んだ奥方の瞳が勘解由自身に向けられた。負けじと、籐五郎は勘解由の顔を両手で己の方へと向けさせる。
「なれば行動で示して下さいませんか、叔父上。でなくば、お二人の間を邪魔しにまいります」
 最後の言葉は何故か二人一緒。二人が共に、甘えながら言葉を重ねてきた。
「今宵、…もう一度だけ」
 脅された勘解由は、渋々ながらも承服を見せた。約束を取り付けた若夫婦は手を取り合いながら、満面の笑みを浮かべた。嬉々とした様子を振りまきながら、揃って勘解由の部屋を後にする。
 取り残された勘解由は、ぐったりとその場に横たわった。
「なんで、こうなるかなあ…」
 己の行動の不始末は棚上げして、今日も戻れない想い人の元に気持ちだけは走らせていた。
 

> 見えぬ溝

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プロフィール
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猫又女帝・垂氷
性別:
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職業:
地獄の使い
趣味:
妄想
自己紹介:
「歴女」かもしれません。「BLヲタ」かもしれません。
「ホラー・オカルトマニア」と言う話も聞こえます。
不思議な「生き物」である事は間違いようがないです。
猫好きのたぶんB型です。
ある意味、「ぬこ」そのものだという評価もありますがね。
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