基信が横たわる輝宗を抱き上げた。完全なる虫の息。
「我も後で逝く。輝宗、彼の地でまた相見えようぞ…」
基信の言葉に輝宗はゆっくりとその瞼を持ち上げてみせた。
「まだ、来ずとも良い…」
「また、そんな心にもない事を…」
政宗の傍まで運ばれている間の短い会話。輝宗は、嬉しそうに微笑んで見せた。
「…親父」
駆け寄る政宗の傍に輝宗を横たえる基信。身体に受けた銃弾の後からは血潮がゆっくりと流れ出していた。
「政宗、これが戦ぞ。たとえ身内を犠牲にしても勝たねばならん。それが上に立つ者の役目ぞ…」
涙ぐむ政宗。その眼尻に輝宗の指先が伸びた。
それを取り囲む伊達家臣団。政宗の傍に寄り添う小十郎に輝宗が声をかけた。
「景綱、政宗を頼むぞ…。これを支えてやってくれ…」
「御館様…」
徐々に失われていく光…。
「皆、また相見えようぞ…。彼の地で…」
政宗は輝宗の体に取りすがった。
すでに、その体は鼓動を止めていた。徐々に冷たくなっていく輝宗の体に取りすがる政宗。家臣団はその姿をただ、じっと見つめていた。
まるで負け戦の様なその集団。覇気のない騎馬隊は、そのまま城へと戻った。荼毘にふされた輝宗の遺骨を抱えたままで…。
迎えに出た義姫と左月。
輝宗の遺髪を渡された義姫は、やみくもに政宗を責め立てた。
「政宗っ。お前は親をすら見捨てるのかっ。勝利の為には、実の親すらもその手でしに追いやるかっ…」
くってかかる義姫に、政宗はただの一言も返そうとはしない。ただ、唇を強く噛みしめてその責めを一身に受けているだけであった。
「御止しなさい、御東様。我が、御館様の意思に沿うただけの事。政宗様に咎はありませんよ」
その、親子の間に身を挟んだのは基信。取り乱した義姫を傍女官に部屋に連れていくように命じた後、政宗に向き合った。
「なぜ、言い返さぬのですか。和子よ…」
殊のほか優しい口調の基信に、政宗はきつい視線を投げつけた。
「本当の事だろうがっ。…親父諸共の一方的な虐殺に何の意味があるって云うんだ。こんなの勝ち戦でもなんでもねえ…。何一つ言い返せねえ…」
「和子よ…。輝宗の最後の言葉忘れるつもりか…。輝宗の遺志、無駄にするつもりか…。」
そう云いながら、基信は若き当主の体を抱き締めた。
「本来ならば、この様な役目我がすべきことでは無いというに…。小十郎もまだまだだな…」
項垂れたまま自室へと下がっていく小十郎の後ろ姿を見つめながら基信は政宗を抱き留め続けた。
「戦いの意味ならば、輝宗が作って差し上げたでしょう。…二本松城には畠山の嫡子が残っておりましょう。それに、貴方に反旗を翻した輩もね…」
「基信、おめえ…」
「今だけはお付き合いしますよ、和子。…御泣きなさい。輝宗の為に流す涙ならば受け止めて差し上げますから…」
基信の優しい口調にほだされたか。政宗は声を押し殺してむせび泣いた。その体をすくい上げるとゆっくりとした歩調で、政宗の寝所へと向かった。
深夜遅く、輝宗の部屋へと集った数名の武将たち。先代から仕えている云わば古参武将。誰が声をかけたわけでもなく、いつものようにそれぞれが車座に座っていた。輝宗のいつもの席には陶製の蓋付きの器が鎮座していた。輝宗の遺骨が納められた質素な陶器。そこに集った武将たちはただ、それを見つめていた。
「先の話…。真なのか…、御主が命じたというのは…」
静かな座敷に左月の問いかけが響いた。
「そうですよ。…我が命じました」
淡々とした口調で答えるのは基信。
「何故っ。他に方法は…」
「あったのかも知れませんね…。が、あの輝宗の表情を見たら、多分貴方でも同じ事をしたでしょうよ…」
うっすらと微笑みを浮かべた様な表情を見せる基信の顔を、左月はまじまじと見入っていた。
「あれは、案外と情が強い。あの様な状況下では、あれの取る道は一つですから…」
そういう基信が視線を走らせる先には、輝宗の変わり果てた姿。
「輝宗の望み…。我が聞かぬとでも御思いか」
飄々としたその基信の言い方に、左月は眉根を寄せた。
「御主は…。否、そうであったな。で、これからどうするつもりだ…」
左月の言葉に、他の武将連中も身を乗り出して聞きいった。
が、肝心の基信は微笑みを浮かべただけ。
「我は何も…。もう、輝宗もいないここには要は無い…。貴方こそどうするつもりなのですか…」
「って、輝宗殿の弔い合戦はどうするつもりなんだよ」
左月の言葉に頷いた者、ただ基信の方を見つめた者――。集った武将の反応は様々であった。
「我は何もしませんよ…。我の中では輝宗の弔い合戦は済みましたから…。まあ、あの場にいた敵将すべて追従させましたので…。それでも、輝宗は寂しがっていましょうから…」
「基信、まさかお前…」
左月の言葉に、基信はただ無言で頷いて見せただけだった。
しんと静まり返った輝宗の部屋。
そこに集った者達はそれ以降誰も口を開こうとはしなかった。ただ、変わり果てた元主君の姿をじっと見つめ続けているだけだった。
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