喉の渇きを訴える政宗に、水の入った器を手渡した小十郎。だが、それを受け取るべき相手は布団に突っ伏したまま。初めて酒精の洗礼を受けた幼き主は、手痛いしっぺ返しを食らっている最中であった。
酔いの為に、その体を起こす事も出来ない主に笑いを誘われたのだった。
己の過去が蘇る、目の前の姿。小十郎自身も経験のあるゆらゆらとしたあの感覚。身体を起こそうとしても力も入らないという有様。その時の感覚を思い出しながら、注いだ水を己の口に含んだ。僅かばかり、政宗の体を抱き起こすとそっと唇を重ねた。
注ぎ込まれる潤いに誘われるように、小さな舌先が彷徨い出てきた。絡み合わされるその感触に、相手の肌色が徐々に染まっていく。何度かの口合わせを重ねれば、しっとりと潤んだその瞳で見つめ返してきた程。
「…どうやら、悪乗りしているのは、義姉上だけではなさそうだ」
思わず、小十郎は相手の顔を見つめ返しながら呟いていた。
言葉の意味を知ってか、知らずか…。幼き主は小十郎の首に両腕を廻してきた。
「何の事だよ…、それは…」
「嫌…、なんでもございませぬ。それよりも、今少し水を…」
そう小十郎が声をかけると、腕の中の政宗は眼を瞑って口先を差し出してきたのだった。
「…政宗様」
その様子に呆れ顔の、小十郎。
「…水。飲ませてくれるんだろう…」
目を瞑ったままでの催促。
溜息を付きながら小十郎は再び口移しに潤いを与えた。が、内心満更でもなかったのだが…。これ以上は――、と政宗の体を横たえてやった。
「ゆっくりとお休みください、政宗様」
そう云って体を起こそうとした小十郎を、引き寄せたのは絡み付いたままの腕。
「…行くのか、小十郎。…俺を置いて、親父の所に…」
「何…を、言われます…」
「…親父の方が良いのかよ、…俺よりも…さ」
「政宗様…」
「行くな、小十…。ここに居て…」
小十郎の胸に頭を摺り寄せる様にしてくる、幼い存在。
「…なれば、眠られるまでこの小十郎が御傍に…」
優しく声をかけるが、胸の中の者は頭を振るだけ。
「…どうされました、政宗様」
その様子に、小十郎は再び言葉をかけた。
「……眠ったら、小十郎は…」
行ってしまう――。そう続けられた言葉は、啜り泣きを伴っているかの様に掠れていた。酒精を帯びた、温かな吐息が小十郎の胸元を擽った。
「…どうしたと云うのですか、政宗様。…いつもの、政宗様らしくありませぬな」
懐いてくる幼い主の頭を優しく撫でつける小十郎。
「…ここに居ろ。このまま…」
ついと上げられた幼い顔。涙に潤むその瞳に、小十郎の我慢も切れた。
「…このまま、と云われましても」
「駄目なの…か…」
対峙する相手の左目に映り込む己の顔。小十郎はふっ、と吐息を漏らした。
「駄目ではありませんが…、困ります」
「…何故」
真っ直ぐに見つめ返してくるその瞳に、小十郎は覚悟を決めた。
「己の立場を忘れてしまいそうになりますので…」
その意味を理解できない様子の政宗に小十郎は態度で示して見せた。
幼い顎先を指先で抑え込むと、ゆっくりとした動作で相手の唇に己の物を重ねてみせたのだった。潜り込ませた舌先で、相手のそれを絡め取る。首に巻きついたままの両の腕が小刻みに震えていた。ギュッと閉じられた瞼も小刻みな揺れを見せる。徐々に上気していく頬の色合い。拙いながらも小十郎の動きに反応を見せる小さな舌先。鼻から抜けてくる吐息の甘さに、小十郎は満足げにそれを離した。
馬乗りに近い体勢のままで、小十郎は己の顔を僅かにあげた。
「…小十郎。俺…、変だ…」
困惑げな表情を浮かべる政宗の吐息はいまだ乱れたまま。
「…いかがなされた、政宗様」
わずかに笑みを浮かべた小十郎の方は、確信の問いかけ。幼い政宗の体の変化など、とうに知っての事。
「…なんか、熱い…」
どこが――、と聞き返せば政宗は頬を益々染め上げただけ。それでも、小十郎から腕を離そうとしないのは…。
「……小十郎、…どうっ」
政宗の言葉が途切れたのは小十郎の舌先が耳元に触れたから。びくりと反応を見せる初の肌に、小十郎の笑みが零れた。
「…宜しいのですか、政宗様。このまま…」
「…そうすれば、お前はここに一緒にいてくれるか…。朝まで…」
気恥かしげな表情を浮かべる政宗の耳元に諾の返事を返した。
知識としては知らされている事とはいえ、未だに経験のない政宗。
「…どうすれば、良い。…小十」
不安の入り混じったような表を浮かべる、幼い主の体にその指先を走らせた。
「そのままで…。政宗様…」
小さな頷きをみて、小十郎の指先が胸元の合わせの中に潜り込む。幼い突起は既に反応を示して立ち上がっていた。
「なっ…、ふっ…ん。…だめ、だ…、小十…」
触れられた刺激にか、途端に息の乱れる政宗の姿。
「…何が、駄目なのです」
「…嫌…だ。…俺だけ、こんな…ん…」
摘みあげてやると、途端に腰先が揺れだした。
「何が、嫌なのです…。政宗様」
乱れた吐息のまま、言葉を返す余裕もないのか、今度は政宗が行動で示して見せた。首に回った片方の腕を小十郎の襟元に掛けて来たのだ。
その間も、小十郎は政宗への刺激を止めようとはしない。
それに対して苛立ちを見せたのは政宗の方。
「…だから、嫌だって云ってるっ」
乱れを見せた体で、政宗は小十郎を押し返したのだった。
「…どうしたと云うのですか、さっきは…」
途端に豹変した、政宗の態度に今度は小十郎が困惑の表情を浮かべたのだった。
「…そうじゃないっ。…俺が、嫌なのは…」
云うが早いか、政宗の手が小十郎の襟元を肌蹴させたのだった。
「…なんで、俺だけがこんな恰好に…。おめえだけ、着崩しもしねえなんて…」
ふっ、と零れたのは小十郎の吐息。
「…脱げと」
「当り前だろうっ…」
怒りの為なのか、そうでないのか。ぷいっと横を向いて不貞腐れた政宗の頬は、紅く染まっていた。
「脱いでしまっては…、歯止めが効きませんよ」
「……構わねえよ、おめえなら…」
しばしの沈黙の後、小十郎は纏わりついたままの政宗の手を放させたのだった。無言のまま、床の傍に立ちあがると己の袴へと手を伸ばした。
静まり返った閨の中に響く僅かな衣摺れの音。政宗は、その音の方をじっと見つめていた。音が止むと内着姿の小十郎が己の傍に近づいてきたのだった。跳ね上がる心臓の音に、政宗は己の頬が熱くなっていくのを感じていた。
「…これで、宜しいのですか」
小十郎の問いかけに政宗は返事の代わりと両腕を伸ばした。
覆いかぶさる小十郎を、素直に受け止める政宗。繰り返される口合わせにも、舌先が反応を返して見せる。簡単に乱れていく政宗の吐息。
「…本当に、宜しいんですね。…加減が効かぬかもしれませんよ」
「…良い…って云ってる。…手抜きなんか、…承知…しね…え…」
政宗の初肌は、小十郎の刺激に染まっていく。
獣のような息使いの合間――。時々混じる悲鳴にも似た喘ぎ声。湿った音と肌のぶつかりあう音。こうして宴の狂気に塗れた夜は更けていった。
「…痛ってえぇ」
半ば、うつ伏せの状態で政宗は眼を覚ました。頭を持ち上げようとした途端に襲って来たのは割れ鐘を叩くような衝撃。――ガンガンと耳の奥で鳴り響くような頭痛。頭を抱える様に蹲ろうとした途端に襲って来たのは、別の場所の痛み。
「…って、な…ん」
蘇って来たのは昨夜の快楽の余韻。ところどころ…、断片的にしか思い出せない記憶。
「…って、親父のとこから戻って。――みんなで、酒盛りして…、その後だよな」
酔って気分が良かった所までははっきりと記憶が残っていたのだが…。
必死に思い出そうとするが、早朝飛びまわる雀の泣き声にも、頭痛が反応してきた程。
「…駄目だ。…思い出せねえ」
云いながら、政宗は痛む体を持ち上げた。床の上に起き上がって外を眺める。ずりっ、と落ちた肌を滑る感触に初めて己が何も身につけていない事に気がついた。後ろの痛みが、何が起こったのかを伝えてきた。が、誰と――、と云うと記憶が曖昧のままなのである。
「…うううん」
と、うなり声をあげていると、ついっと開いた部屋の引き戸。その方に顔を向ければ、苦笑を浮かべた小十郎が立っていた。
「やっと、お目覚めになられましたか」
近づく小十郎には、ああ、と短い言葉を返しただけ。
小十郎は手持ちの盆を傍に置くと、そっと政宗の体に寝間着を纏わせてきた。それに手を通そうと思った途端に、ぐいっと身体ごと引き寄せられたのだ。抱き留められた大人の男の胸元。微かに鼻先をくすぐる相手の体臭が、夕べの事を思い出させてきた。
「…お体の方は」
優しく問いかけてくる相手に、顔も向けずに答えた。
「辛え…。頭も痛いし…、それに…」
云い淀んだ政宗の体を抱き締める男の笑いが伝わって来た。
「二日酔い…、と云う事にして今日は休んでいてください」
「…動けねえ、しな…」
「何か、必要な事があれば、お申し付け下さい。政宗様」
「…責任、取れよな…」
「…何の事です」
「…、もう良いっ」
笑う男は、政宗を力強く抱いたまま。
「…小十郎」
「なんでしょう」
「…ずっと、仕えてくれるか…」
「そんな事で、宜しいのですか。…今までと変わりありませんが」
「…親父以上にだっ」
「…」
男から、笑いが消えた。
顔をあげてみれば、優しい眼差しが見下ろしていた。ゆっくりと近づいてくる顔に、政宗は思わず目を閉じた。唇に触れる寸前、相手の囁く声が聞こえた。
「小十郎は、生涯政宗様と共に…」
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