喜多の声が、小十郎を射抜いた。思わず咳払いをして、誤魔化したのを、睨みつける様な視線が容赦なく降り注いだ。事、小十郎相手では、喜多の態度には容赦が見られない。そんな様子を、政宗は楽しそうに笑った。
「喧嘩は、駄目だぞ…。二人とも…」
「喧嘩にもなりませぬっ」
と、先に立ち上がったのは喜多の方。控えの間の襖を開け、何やら呼びいれる彼女。運び入れられたのは、宴の膳。
「奥方様の御計らいに御座いますれば…」
と、酒の席を設けたのだった。
女官に勧められるまま、おずおずと杯を傾けた政宗。途端にその頬が赤く染まった。はふっ、と吐き出したその姿。女官たちからは歓声の声が上がった。それに、気を良くしたのか、政宗は満面の笑みを湛えて見せた。
「…政宗様。ご無理を為さらない様…」
「…なにおぉ、お前だって飲んでるれはないか…、俺がのんれどこが悪いのら…」
すでに酔いの回った政宗の姿に、女官どもは嬉々とした笑顔を浮かべて喜んでいる有様。一番歓喜に身悶えているのは誰あろう、喜多自身。
飲み干した盃を喜多に向けると、飲めと政宗。それを嬉々として受け取っては、政宗の手酌酒を飲み干して見せる。
「義姉上…」
「…煩い、小十郎。…文句など言わせぬ。……はあい、政宗様…、お返しに御座いますれば…」
と、飲み干した盃を再び政宗の手の中に返した。輝宗に対する想いが、倒錯の世界を喜多に見せているようだった。想い人の面影のある幼子相手に、酔いに任せて想いを馳せていた。それでなくとも、元々が整った顔立ちの上に薄化粧のまま――。他の女官たちも、悪ふざけに拍車をかけていくのだった。返杯に回される盃に一喜一憂する女官たち。その姿に、小十郎は頭を抱えたままだった。
「小十…、もっと飲め…」
「頂いてはおりますが…」
「じゃあ、なんでお前、酔わないんだようっ」
政宗の完全な絡み酒。すでに、瞳はとろんと酒精に犯され切っていた。
「…つまらん。…皆で、小じゅをつぶすのらああ」
と、政宗の掛け声に悪乗り女官たちは、一斉に小十郎の周りに侍り始めた。
「小十郎、よもやこの義姉の酒が飲めぬとは…、言わぬだろうなあ…」
喜多でさえこの調子。他の女官どもは、もっと悪乗りを見せるのだ。その背後では、政宗が楽しげな笑い声をあげていた。が、突然宴はお開きとなった。原因は…
「…こじゅ、…気持ち、わるっ…」
突然吐き気を催す政宗を、小十郎は脱兎の勢いで外に連れ出した。その姿に背後からは黄色い歓声が上がったのは言うまでも無い。
庭に連れ出した途端に吐き出す政宗。その背中を優しく擦りながら、小十郎は声をかけた。
「…だから、ご無理をするなと、あれほど申し上げましたものを…」
「…だが、俺は早く大人にならねばならんのだろう。…もう、梵天丸のままでは居られないのだから…」
吐き上げる苦しさの為か…、違うものなのか――。政宗の残された左の眼から一滴の涙が零れていた。
「政宗様…。そう急がずとも、大人にはなれまする」
小十郎の慰めがどれほど利いているのか。声を押し殺して政宗は涙を零し続けた。
恥ずかしがる政宗を抱き上げたまま、小十郎は彼の部屋へと向かった。そこにはすでに女官たちの姿はなく、ただ、床が述べられているだけだった。枕元には飲み水まで用意されている。毒気を抜かれる程の静けさ。小十郎はその床の上に、政宗を横たえた。着物を剥いで内着だけの姿にした時、政宗が喉の渇きを訴えてきた。用意された器に水を注いで手渡そうとするが、政宗は頭を持ち上げただけでそのまま突っ伏してしまった。
「如何なされた、政宗様」
「…駄目。目が回る…」
その言葉に、小十郎は笑いを堪え切れずに吹き出した。が、次の瞬間には水を含むと政宗の唇の上の重ねたのだった。途端に肌の色が朱に染まる。絡み合う舌先。幼き政宗は潤いを求めて舌先を差し出してくる。何度かの口合わせで、しっかりと潤んでしまったその瞳を覗き込む小十郎。
「…どうやら、悪乗りしているのは、義姉上だけではなさそうだな…」
そう小さな呟きを洩らす、小十郎であった。
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