「影綱…、この度の正月にあれを元服させるぞ」
閨での事、輝宗がそう耳元に囁いてきた。
「…あれ、とは…」
聞き返す小十郎の声が震えを帯びる。輝宗の閨の相手を務めながらでは、流石にまともな思考など浮かんでは来ない。
「梵天丸の事よ…。此度の情勢もあってな…。早々に戦場に立たせねばならん」
「…くふうっ。…そ、…それ程までに」
輝宗のきつい突き刺しに、声を乱れさせながらも、小十郎は話を続けようとした。
「…まあ、色々とな。…影綱、もう少し緩めよ」
「ふうっ…、ううん…」
緩い突き上げに、小十郎の口からは喘ぎ声が漏れた。
「…ですが、はうっ。…まだ、梵天丸様は…、はあん…ん…ん」
口を塞ぎにきた輝宗によって、それ以上の言葉は吸い取られてしまった。これ以上は詮索するなというような輝宗の突き上げに、小十郎はただしがみ付いて見せるだけ。夜更けと共に、肌のぶつかり合う音と、微かな喘ぎだけが部屋の中に響いていった。
開けて正月―――。
藤次郎政宗への元服の儀が執り行われた。口々に祝儀の言葉を述べる大人たちの表情は些か困惑を含んでいた。政宗の傍に控えるのは、小十郎と時宗丸。流石に、まだ、血族とは言え時宗丸の元服の話など出る筈もない。齢十になったばかりの政宗は、痛々しい程の幼さ。喜多が機転を利かせて、薄化粧を施しては有るのだが…。むしろ、時宗丸の方がやや大人びて見えるほどであった。が、城主の意向である為か、その不自然さを口に乗せる者など無く、儀式も終盤にかかった。
次に控えているのは、お披露目の為の宴――。が、戦場からの一報の為に、それは執り行われることなく、すぐに軍議へと変更された。
当然のように乳母等の女官は退室を余儀なくされた。元服していない時宗丸もその一人。不機嫌さを隠さない時宗丸だが、流石に並みいる武将たちの前で駄々を捏ねる醜態だけは晒さなかった。が、替わりとばかりに、小十郎に向けて容赦のない視線を投げつけてよこしたのだ。ついっ、とそっぽを向くように視線を外すと、足音も高くその場から出ていった。その様子を、心配気に見つめる政宗。それを、脇から窘める様な口調で、一人の男が近づいてきた。
「若。…今は、軍議の方が大事ですぞ」
にやりとした表情を浮かべてそう言うのは、宗実。ちゃっかりと、時宗丸の開けた席を埋めてくる要領の良さに、反対側に居た小十郎は呆れ顔を向けた。
「…解っている。だが…」
「ご心配召されるな…、政宗様」
口籠る政宗に、小十郎が言葉を向けた。
「時宗丸とて、何れはこの中に入れるようになるのですから…」
「…ああ、そうだな…」
すいっ、と挙げられた政宗の表情は、きりりと引き締められた。軍議そのものに口出しできる立場には今は無い。だが、嫡子として元服した以上は、対面だけでも保たねばならない事を政宗は知っていたからである。
「…どうせ、この三人は蚊帳の外さ。…せいぜい、聞いている素振りを見せれば良いだけの事よ…」
宗実の小さな呟きに、政宗は口元を綻ばせた。
「…小十郎もそうなのか?」
小さく聞く政宗に、小十郎は頷きだけを返して見せた。そうか…、と呟く政宗。ひそひそと繰り広げられる三人の会話。どうやら、それを輝宗が耳に留めたらしい。ちらりと視線を小十郎の方へと流してよこした。
「…まあ、とりあえず後は役目を分担するばかり。政宗」
「はい」
「お前は、もう下がっても良い。小十郎もな…。宗実は残れ」
嫌な表情を浮かべながらも、宗実は主の意向に従い、返事を返した。
退室に際して、輝宗が己の息子をいったん呼びとめた。手招きされるまま、政宗は輝宗の元に歩み寄る。
「何事で御座いましょうや、父上」
云うが早いか輝宗は政宗の体を抱きしめた。困惑した表情を浮かべる政宗に、輝宗は思いっきり頬ずりしたのだ。
「ちょっ…、父上」
「…黙っていろ、馬鹿が。…折角の元服の儀に、この様な茶々が入るとは思わなかったなあ」
一向に頬ずりを止めない輝宗に、困惑した面持ちのまま、政宗はもがいていた。
「…皆様の前です。…父上、おやめ下さい」
「わが子を可愛がって何が悪い。…もう少し、大人しくしておれんのか、お前は…」
まさに、溺愛を絵に描いたような輝宗の行動に、政宗の顔も赤らんでくる。周りの古参武将からは、押し殺しきれない笑い声が上がっていた。
「…殿、戯れもその位にしまして。…さあ、小十郎、政宗様を…」
そう言うは、鬼庭の老将。輝宗の手から、政宗を救い出す役目を担ったのは、これまた古参武将の基信。
「親子の触れ合いを邪魔しおって…」
膨れっ面をその二人に見せる輝宗であった。さあ、今のうちに――、と基信が小十郎に政宗を預けてよこす。笑いをかみ殺す二人を前に、輝宗はあからさまにブツブツとぼやいて見せた。
「捗りませんから…、これ以上は」
鬼庭の老将の言葉に、輝宗は不貞腐れた表情を向けながらも、手先で二人に行けと示した。退室の間際には、殊更大きな輝宗の溜息。軍議をしているはずの広間からは暫くの間、男達の笑い声が途絶えなかった。
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