手荷物を持った状態では、さしたる抵抗も出来ず、後ずさりするうちに、立木にぶつかった小十郎。
「…何を」
と、小十郎が反論しようとしたのを唇で塞ぐ。啄ばむ様な口合わせに、小十郎も観念したのかゆっくりとその目を閉じた。絡まりあう舌先。小十郎の鼻から抜ける様な微かな喘ぎ。すいっと、宗実は唇を解放した。
「こっちも、構ってくれねえと…、苛めんぞ」
耳元に囁くように語りかければ、小十郎は頬を染めて小さく身震いした。
「…そんな」
「まあ、使いの駄賃も貰ったことだし…。今のところは、これで勘弁してやるよ」
「…使いって、私は何も…」
「それ…、だ」
宗実は、小十郎の手の中の風呂敷包みを指差した。
「ほんと、喜多殿は人使いが荒い。…おめんとこ行くって聞いた途端に、これだあ…。持って行けとよ。まあ、普通の女官にゃ…、出来ねえ話だがなあ…」
「…すいません。義姉が…」
「まあ、良いってことよ。…餓鬼どものおやつなんだろうがなあ…」
はあ、と気の無い返事を返してよこす小十郎。中身を確認する事もなく、ただ、目の前の男を見つめ返しているだけだった。
「まあ、良い雰囲気なんだけどなあ…。邪魔もんさえいなきゃあなあ…」
宗実は、小十郎の頬に軽く唇を寄せただけですぐにその体を離した。その間にも、小声での今宵の約束は取り付ける手際の良さであったが…。
「おっさん二人で、そこで何してんだよ」
「おめえなあ…。って、仲直りすんだんか…」
時宗丸に手をひかれる形で、後ろから梵天丸が付いてきていた。
「…まあな。でさ、もう一遍、あれ、やってくんねえか?」
「なに、肩車か…。別にいいけどなあ…」
と、小十郎の方を見ると、いかにも呆れたような表情を浮かべていた。
「よっしゃっ。…で、どっちが乗るんだ」
「そんなの、俺に決まってんじゃねえかよ。梵は、小十郎なっ」
「はあっ」
「馬だよ、馬。…早くしろよ、小十郎」
宗実は、笑いをこらえながら、梵天丸の体を抱き上げ、小十郎の上に乗せてやった。
「で、…これもっ」
と、時宗丸は小十郎の手の中から荷物を取り上げ、宗実に手渡した。それを、梵天丸に手渡すと、しっかりと抱き込んだ。どうやら、なにがしかの打ち合わせがあったらしい。
「で、時宗丸」
屈んでやると、嬉しそうに飛び乗ってきた。まさに、小猿のように。
「で、何処に行けば宜しいんで…」
と、頭上の時宗丸に伺いを立てれば、
「さっきんとこ。花見しようぜ、みんなでさあ…」
「だ、そうだ。…馬小十郎、行くぞ」
小十郎は、深いため息をついて見せた。
「…すいません、宗実殿。こんな事につき合わせてしまって…」
「まあ、良いってことよ。…後で駄賃も貰える事だしなぁ…」
その言葉に、小十郎の頬がほんのりと染まった。
「なあ、おっさん。…早く行こうぜ」
急かす餓鬼二人を乗せて、小十郎と宗実は並んで歩きだした。頭上で餓鬼どもが、何やら言葉を交わしている。眺めがどうのとか、何が見えるとか…、
さっきまでの喧嘩がまるで嘘のようだった。
時宗丸と最初に出くわした桜の木の下。喜多の持たせた包みを開けば、見事なほどの団子の山。そして添えられた竹筒の中身はお茶。見事なほどの、花見仕様。
(どうりで、重かったわけだ…)
宗実は、思い出し笑いを浮かべた。小十郎に並ぶように腰をおろした目の前では、餓鬼二人が戯れている。
「やんちゃ坊主二人…、大変だなあ、小十郎」
「…まあ、これもお役目ですから…」
そう答えながらも、小十郎の二人を見つめる瞳は優しさを纏っていた。
「お役目ねえ…」
宗実は、そのまま、その場に横になる。
「おっさん、もう疲れたのかい。…だらしねえなあ」
云いながら時宗丸が、駆け寄ってきた。その後を、真似するように梵天丸も続く。
「おめえ等ほど、若くねえからなあ…」
「そっか…」
と、その隣に時宗丸も寝転んだ。そして、梵天丸も…。
「でも、おっさん。…強いんだろ。…俺も、早くそうなりてぇ…」
「なんでだ」
「…そしたら、梵守ってやれんだろ…」
云いながら、時宗丸は、梵天丸を引き寄せた。
「…なんだ、そういう事か…」
宗実は、声をあげて笑った。
その隣では、小十郎が複雑そうな表情を浮かべている。
「大切なもん、守りたかったら…。稽古しっかりせんとな…。なぁ、小十郎」
急にふられた小十郎は頭を抱えた。
(好きなもん程、苛めたいって事だったとはな…。まさに、餓鬼の発想だねえ…。)
「…俺よか、小十郎の方が強いぜ。なあ、小十郎」「何を…。宗実殿」
赤面した様子で、小十郎が宗実に詰め寄った。
「嘘…、本当か。それって…」
飛び起きて、小十郎の方を睨みつける時宗丸。
「そうさ…。俺なんか足元にも及ばんぜ」
火に油を注ぐかのように、宗実はけしかけた。
「やめて下さい、宗実殿!」
この際、小十郎の抗議は無視とばかりに、時宗丸を云い含めた。
「小十郎に勝てるようになりゃあ、伊達軍一の兵って事になるだろうなあ…」
「…絶対え、越えて見せらあ…」
小さな胸に闘志が沸くのを、宗実は面白そうに見つめた。
(しかし…、拗ねてた理由が、小十郎に対する嫉妬だったとはなぁ…)
うすら笑いを浮かべながら、宗実は降り落ちる桜の花びらを飽きることなく眺めたのであった。
≫ 酒宴
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