「時宗丸、梵はどこにいる」
庭の桜の木によじ登っているやんちゃ坊主に男が声をかけた。
「…知るもんか、あんな弱虫なんか」
ぷいっとそっぽを向く仕草。こちらが、誰であろうと関係ないと云う素振り。顔を紅潮させているところをみると、どうやら一悶着あったらしい。
(まあ、いつもの事なんだが…)
桜の木の真下で、男はため息をついた。
せっかくの日和。子守に翻弄される小十郎を引っ張り出そうと、せっかくここまで来たのに…。肝心の、子守役が所在不明ときては…。
「さて、困ったな…」
「おっちゃん…まだなんか用か」
木の枝に跨りながらの見下ろし。ただし、おっちゃん呼ばわりされた方は、心なしか肩を落とした。
(…おめえらから見りゃ、そりゃオッサンだろうさっ)
間違いなく、御館様の血縁でなければ血を見る事になっただろう言い草。言った当の本人は悪びれた様子もない。子供の言い草に、一々腹を立てるのもどうか…、と気をお取り直して樹上のやんちゃ坊主に再び声をかけた。
「なら、小十郎はどこにいるか知ってるか」
「…どうせ、梵のとこだろっ。いっつも…、梵ばっか…」
ぐすんと、鼻をすすりあげる音が聞こえてきた。
(おやおや…。まあ、それは仕方ねえやな…)
小十郎が梵天丸にかまけてばかり居るんで、拗ねていると、男は解釈した。
「坊主、わりいが小十郎の所まで、案内してくれんか…。後で、良いもんやるからさあ…」
「…なにくれる」
「そりゃあ、案内してくれたらってご褒美さ。…後からのお楽しみってな」
「ちゃちいモノだったら、許さねえから…」
云いながら、猿の子のようにするすると木から下りてきた。流石は実元の和子。輝宗とは本来従兄弟同士になるのだが…、如何せん年が離れすぎている為かむしろ梵天丸の従兄弟の様な存在になっていた。が、その血筋は争えない。幼子ながら、時々垣間見せる瞳の中の獰猛さ。(最も、輝宗がそんな目をする事は滅多にないのだが…)ふと重なる面影二つ。隠居殿と同じ気性の持ち主と見て取れた。
「では、お坊ちゃま。ご案内よろしくお願い奉ります…」
からかいを含んだ、男の言葉。
「…しかと、付いてまいれ。宗実殿」
年上の手下をもった事に気を良くしたのか、時宗丸は道先案内をかってでた。それに、相手が誰なのかは知っていたらしい言葉。宗実の言葉に、ちゃっかりと乗ってくるあたり、伊達者気質を垣間見たようだった。
(御館様の血筋って、結構な…)
主にも似た、この気転の速さ。からかい甲斐があると云うもの。この坊主らに翻弄される小十郎の姿が容易に想像できる。
(こんなの、二人もいたんじゃ、さぞかし難儀なこったろうさ…。…ホント、こっちにお鉢が廻ってこなくって助かったぜ…)
子供の歩みにしても、以外に早い。広い城内の庭を駆けずり回っているだけの事はある。何しろ、案内人は垣根だろうがなんだろうが、自分が通れる場所を潜り抜けようとする。が、こちらは大人。いくらなんでも、そんな真似は出来るはずない。仕方なく、先導する小猿をひょいっとつまみ上げた。
「なに、しやがる」
突然の出来事に、威嚇を見せる小猿。
「なあに、見失うと困るんでね…。悪いが失礼するよ」
云いながら、ひょいっと肩車の体勢。
「さて、若様。この馬めに命じて下され。…目標人物はいま何処に…」
その体勢で見上げれば、微かに頬を染めた時宗丸の顔。
「なんで、…こんなことする」
「なんでと云われてもなぁ…。まあ、やりたいからってのは駄目かい?」
「…俺、…こう云うの、初めてだから…。梵はよく小十郎にしてもらってるけどさ…」
「親父殿は…」
「…」
「そうか、そうか。…中々気持ち良いもんだろう」
うん、と小さな頷き。意外と素直な反応に、宗実は破顔して見せた。自然と上がる笑い声。その振動に時宗丸はしがみ付いてきた。
「…落ちるって」
「落ちねえよ。それに木の上よりは低いだろうさ」
「だけどよお…」
「落とさねえから、心配すんなって」
そんなやり取りをしながらも、時宗丸の案内のまま歩みを進めていく宗実。時々、わざと揺らしてそのしがみ付く様を楽しむと云う、底意地の悪さも見せながら…。
そこは、城庭の外れ近く。大きな沼のような池のほとり。水面に向かって膝を抱えて蹲っている梵天丸の傍らに、そっと姿勢も崩さず立っている若者。何やら近づきがたい雰囲気漂う中、頭上の小猿も急に大人しくなっていった。
「よう、小十郎」
「宗実殿…。この様な所に…、いかがなされた」
「まあ、使いっぱしりさ。…これ、受け取ってくれ」
顎でしゃくり上げる様に示した先。頭上の時宗丸に持たせていた荷物の事である。
「頭…、重くっていけねえや」
小十郎が受け取ったのを確認すると、今度は頭上の小猿が騒ぎ出した。
「…もう、降ろせよ。…早く」
焦れたようにじたばたするのを、小十郎がひょいと抱き上げた。その手を振り切るかのように、小走りに駆けだす姿。
「時宗…」
「って、良いから…。おめえは、こっち」
と、小十郎の襟首を掴んで引き摺るようにその場を離れる宗実。
「ちょ…、宗実殿。…何を」
「良いから、良いから」
子供二人の姿がかろうじて伺い見る事の出来る距離まで、離れたところで宗実は手を離した。
「良いから、暫く放って置けって。…餓鬼どもの喧嘩なんか、今更だろうが。…それより、あの小猿がなあ、おめえがあんまり梵ばっかり構うって…、拗ねてたぞ」
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