猫又女帝の暗黒帝国(本館)
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第一章 縁(えにし)
 
 
 勘解由は甥っ子の後見人として、常に傍在り、影から当主を支えて既に数年が過ぎようとしていた。かつては、大殿の側小姓を務めていた程の甥っ子ではあったが、嫡子として家に呼び戻されても、依然その立場は代わり映えしなかったのである。戦場で、大殿からの呼び出しあらば、すぐにでもその陣幕へ参じる。当然用向きは、奥勤め。断れる道理もないのだが…。
 そんな当主への若すぎるがゆえ、側小姓であった事がゆえの嫉み渦巻く中、勘解由は、数々の不利な状況での戦に勝利を重ねていった。
「勘解由殿の主は、戦よりも閨事の方が得意と聞くが…。」
 他の武将からも、そう嫌味を言われる程であった。が、勘解由には何の感情も湧いては来なかった。この数年、勘解由自身感情の起伏すらほどんどないような感覚にさえ陥っていたのである。切った張ったの戦の中、ただ、与えられた使命のまま主と共に進んでいく。
 以前の、飄々として、誰から気兼ねなく声を掛けられていたあの頃の雰囲気は既に失われつつあった。出世欲も何もあったものではなかったが、結果的には、その腕前がゆえ武勲を重ねていったのだった。
 だが、今回ばかりはそうはいかないようであった。完全なる負け戦。退路を確保することが至難の業という現状。
(いよいよ、覚悟決める時か…)
 相変わらずの愛馬に跨りながら、しんがり部隊に混じり込んでいた。主は、大殿の護衛と称し、他の側小姓衆と先に進んでいる。半ば、決死隊の様相なのに、率いる武将はそれすら楽しんでいるかの様子。次々と仲間が倒れていく中で、僅か数名の生存者。いくら闇夜に紛れているとは言え、これ以上は持つはずもない。
「すでに、この時刻なれば、大殿は国境を超えたであろう…。なれば、ここで踏ん張る理由もない。…それぞれ、国境で合流いたそう。」
 やっとの退去命令。それぞれが、得意の手段で国境を目指した。勘解由も愛馬を駆りながら、敵の追手をかわす。が、ここで、またいつもの荒駒の我儘か。いきなり敵に向かって転進した。
「ばか、おめェ…」
 云った所で、聞くような気性の馬でない。敵陣に突っ込むような様での勢いに、追手の士気も乱れる。
(そういうことか…)
 目の前には、包囲されかかっていた上役の姿。走りは馬自身に任せ、目の前の敵を薙ぎ払った。指揮の乱れを突いた上役は早々に戦線を離脱にかかる。勘解由は馬任せのまま、仲間武将とは別の方向へと走り去っていった。
「おめえは、まったくよ…」
 馬相手に一人愚痴る勘解由。確実に戦線から遠ざかった場所で、馬は急に歩速をゆるめた。とはいえ、獣道の様な間道。夜も白々と明け始めている。
「こんなところで見つかったら…、一巻の終わりだなあ…」
 その口調は、嘗ての勘解由の姿。手綱も離し、馬の赴くままゆっくりと山道を進んでいった。
 
 
「旦那、遅かったじゃねえですか…」
 あの、負け戦から数日後。やっと責務を解放された勘解由は、己の小さな家へと帰ってきた。迎えるのは、昔馴染みの顔ぶれ。かつての部下だった者たち。負傷した、徒兵や足軽達を使用人として雇い入れていた。以前住んでいた屋敷よりも手狭にはなっているが、逆に気心知れた連中とのやり取りが心地よい。それが、勘解由を素のままの姿へと戻してくれているようであった。例の村跡の少し奥…。勘解由の庵を囲むように、かつての部下たちが思い思いに庵を構えていた。
 勘解由の戦装束を片づけていた一人が、
「旦那、明日あたりでも黒駒走らせてやっておくんなまし…。最近もう、特にひどくっていけねえから…」
 今日も一人噛まれたんで…、と退室間際に伝えていった。勘解由の愛馬荒駒の子なのだが…、これが母馬以上の気性の荒さ。馬に気に入られぬ者は馬小屋にすら近づけない程の暴れっぷり。それが高じてくると、物人かまわず噛みつくは蹴飛ばすは…、挙句に脱走するはの騒ぎになるのであった。
「そりゃあ、悪かったなあ…」
 と、対して悪びれた様子もなく、勘解由は厩に向かった。
「まあ、俺の言うことだって聞きやしねえがなあ」
 まだ生後一年ちょっとしか経っていないはずなのに、黒駒は母馬荒駒と大差ない体格。勘解由が小屋の戸を開けた途端に外へと走り出した。
「って、俺は必要ねえみてえだなあ」
 その姿を、勘解由は唖然と見送った。
「旦那。呆けてねえで追って下さいよっ。あの調子だ。誰か引掻けたら…」
「解ってるって…」
 言うと、勘解由は荒駒の上に跨った。柵越え常套とばかりに、一気に外へ走り出す。あっという間に追いつくのは母馬の気迫か、それとも…。
 手綱にあとわずかで手が届く…、そう思われた瞬間。甲高い断末魔の様な悲鳴。急に、二頭の馬は転進し、その声のする方に勝手に走り出した。
 見えたのは、旅姿の若者の変わり果てた姿。まさに、今絶命したと思われるように、刀傷からは血飛沫が流れ落ちていた。その奥、くぐもったうめき声と、複数の男の声。
(まずいな…、これじゃあ…)
 勘解由は丸腰。が、たぶん相手は武装した山賊の類。そのまま、走り続ける馬二頭は言う事も聞くはずなく…。
(なるようにしか…、なんねえさ)
 馬の突進に顔を向けた男の一人を黒駒が狙い澄ましたかのように蹴り上げた。その男の手放した刀が宙を舞う。落下地点に滑り込むかの勢いで荒駒が駆け抜ける。二頭の連携した技の前に、勘解由は感嘆の吐息を漏らした。
「おめえら、やるじゃねえか」
 宙で刀を攫み取ると、そのまま馬から飛び降り、何者かに馬乗りになっている男めがけて切りかかった。
 飛び散る血飛沫。倒れる胴体の向こうには、急に焦点を失っていく若者の姿が目に入った。その間にも馬たちは他の男たち相手に暴れ続けている。倒れた胴体を足蹴にすると、勘解由は若者を抱き起した。血塗れの顔から、猿轡を外してやる。幸い、息はあるようだ。受けた暴行の為か、浴びた血潮の為か若者は気を失ったままの状態。それを抱き上げ、振り返ってみれば残りの男どもの姿はすでに消えた後であった。 
 ひと暴れに気が晴れたのか…、荒馬二頭が勘解由の傍に寄ってくる。主の顔を舐め上げつつ、腕の中の人物を不思議そうな目つきで見つめる二頭。
「で…、屋敷に戻りたいんだがね、お嬢さん方…」
 勘解由の言葉に、乗れ、とばかりに背を向ける二頭。そのまま、荒駒に乗ろうとしたところで、黒駒が勘解由の袖をひっぱる。
「……落とすなよ。」
 黒駒が頷くような素振りを見せたのを確認すると、溜息つきながら、若者を黒駒の背にのせた。二頭の歩みは驚くほどであった。普段の荒々しさからは想像できない程の静かな歩調。
「馬でも、美形の若者には興味あるのかねえ…」
 呟きに、二頭は主の方を振り返った。
 

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猫又女帝・垂氷
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女性
職業:
内緒
趣味:
ヤバい事ゆえ、秘密
自己紹介:
「歴女」かもしれません。「BLヲタ」かもしれません。
「ホラー・オカルトマニア」と言う話も聞こえます。
不思議な「生き物」である事は間違いようがないです。
猫好きのたぶんB型です。
ある意味、「ぬこ」そのものだという評価もありますがね。
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