褒美を…、と呼び出された上役の前。勘解由のみはそれを受け取ることを拒んだ。
「己等が、味方に手をかけた事を不問にしてまでの褒賞ぞ。…何が不服と申すのか」
苛立ちを隠さない上役の言葉に、初めて勘解由は面を上げた。
「お言葉なれば…、農民すべての殲滅命令に従ったまでの事。農民の上に這い蹲っていた者の事などこちらの目には入ってはおりませんでした」
暗に、慮褥に耽る方が悪いとばかりの口応え。役目果たす手段を選ぶな、と常々口に乗せていた上役には、反論の余地はなかった。
「では、この褒賞では不服と…」
「…今しばしの暇を」
「休みが欲しい…ということなのか。なら、次の戦あるまで、出仕せんでもいいぞ。…連絡あるまで、好きにいたせ」
どうせ、今までは大した働きも見せなかった部隊の一つぐらい…、と上役は勘解由の申し出を受けた。宙に浮いた勘解由の褒賞を己の懐に入れる算段をしながら…。
当面の、自由を得た勘解由は共もつれず、あの惨劇の場所に立っていた。理由があった訳ではない。何かに惹かれるように、ただの散策のつもりが無意識のうちに足を運んでいたようであった。
立ち込める血生臭い空気。数日ほどしか経っていないのに、屍のほとんどは骨と化していた。
それでも、村の奥の方から何某かの啜り泣きの様な声が聞こえてきた。それも、とても微かな…
「…だから……って……に……では…」
女とも、子供のものともつかない微かな囁きのような…
勘解由は足音を忍ばせながら、ゆっくりと進んだ。村唯一の井戸の側。やたらと、女子供の屍の多いその一角。中には、腹を引き裂かれた妊婦の姿もあった。その傍に、殊更覆いかぶさるように女共の屍が重なっている。まるでその下に何かを隠すかのように…。その一角に勘解由が足を踏み入れた時には、先ほどの声は聞こえなくなっていた。
些細な奇異など気にかける事も出来ない程、その異様な屍の山から目が離せなくなっていたのである。それが、僅かばかり揺れた。
(なにか、…居る)
勘解由は己の刀に手をかけたまま、その山をけり崩していった。何体かが、土埃をあげて転がっていく。
(どれだけ、重なってんだ?)
さすがの勘解由も、息が切れてくるほどの数。一息ついて、動きを止めた処で、また再度の揺れ。苛立ちのまま、勢いよく数体まとめてけり落とした。その下から現れたのは、薄汚れた白装束の袖。独特の袖口にその透けそうなまでの薄布。
(まさか…)
折り重なる塊を、次々とどけていったその先。現れたのは、真っ白な神子装束に身を包んだあどけない顔つき。真白い子狐を自分の体で庇うかの様な体勢で絶命していたのだった。その体には、外傷一つついていない。そして、腐敗のかけらもない。
(揺れの原因は、これであったか…)
神子衣裳の幼子に抱かれた子狐。微かな震えを見せて、怯えた表情をこちらに向けた。逃げる事も出来ず、屍となった幼子に顔を埋め震えだした。見れば、後ろ足が奇妙な方向に曲がっている。
覆いかぶさっていたのは、この幼子を守るため。が逆にその重さが仇となって幼子も命を落としたのか…、それとも……。
勘解由は、ただ一つ生き残った小さき者を、己の懐に押し込めると、横たわる幼子を抱きあげた。とたんに纏わりつくような何かの気配。ざわざわと鳥肌立つほどの悪寒。
『どこに…、それを…』
直接頭に響くような囁き。見渡しても、当然生きている者など在りはしない。が、勘解由は一つの視線を感じた。胸元から、食い入るように見つめる真紅の瞳。
直観が告げる。声の主が、この小さな白狐であると。
「どこにもいかん。…お前の主が眠る場所を決めんとな」
言葉がわかるのか。子狐は視線を幼子の方にむけた。そっと、前足が、その体に乗せられた。裏山の、それでも日当たりのよい斜面の一角に移動するまで子狐はその姿勢を崩さなかった。
幼子の大きさとはいえ、人一人分の遺体を埋める穴を掘るとなれば、相当に根気のいる作業だった。他の屍のように、獣の餌食にされぬようなるべく深く掘り下げる。神子衣裳がそうさせるのか、この子狐のせいなのか。鎮めの石を乗せ終えた時には、日は大きく傾き、一帯を紅く染め上げていた。
「慣れねえことは、するもんじゃねえな」
勘解由は大きく背伸びすると、子狐のそばに腰をおろした。
「そろそろ戻らんとな…。陽ぃ、落ちちまうなあ。オメエは、どうする?」
墓の前で蹲っていた子狐が、すっと振り向く。
(こっちの言葉がわかるっても…、会話になるってわけじゃねえよなあ…)
勘解由は、そのまま、その場に転がった。暗闇になれば、山の獣達の時間。いくら、刀を持っているとはいえ、先の墓掘りで、勘解由の両手には潰れたマメが出来上がっていた。到底、まともに振り回せるような状態じゃない。にもかかわらず、勘解由はその場から動けなかったのだ。疲労感もさることながら、せめて子狐の行き先だけは見届けたいと思った。仲間の所に戻るならそれもよし。ここに残るならば、間違いなく他の獣の餌食となる。せめて、これの命だけでも…、と思うのはこちらの身勝手。嫌なモノを連れ帰っても仕方なく…、さりとて、それを確かめるすべもなく…。
あたりが、暗闇に閉ざされ始めた頃。子狐は動いた。後ろ脚を引きずりながら、勘解由のそばにうずくまってきたのだ。そして、指先についていた潰れたマメから流れた血を、静かに舐めとっていた。
来るか…、勘解由のその言葉に反応するように、子狐はこちらを向いた。勘解由は再び子狐を懐の中に押し込めた。ゆっくりとした動作で立ち上がると、また一つ大きく背伸びをした。
「しっかり、暗くなっちまったなあ…」
勘解由の言葉に、胸元の子狐が小さく身震いをした。次の瞬間、彼らの背後から青白い小さな焔が飛び出していった。振り返れば、鎮め石が仄かに青白く輝いていた。その後ろから、小さな鬼火が次々と飛び出していく。飛び出したその先は…、勘解由が帰るべき道を照らしだしていた。その中でも、一回り程大きな鬼火が勘解由の胸元を掠めた。頭だけを出した子狐の視線が、その後を行けとばかりに語りかけているようだった。
「鬼火の案内かあ。…中々風情があっていいねえ…」
勘解由の歩みに合わせるように、足元を照らす焔。触れても温度も何も感じない。ゆらゆらと、揺れながら浮いている。風に流されるわけでもなく、自ら意思をもった何かのように勘解由からつかず離れずの距離を保っていた。心なしか、僅かに小さくなっていくような…。振り返れば、道肌に点在していた小さな鬼火も、徐々に数を減らしている。その感覚は、屋敷に近づくにつれ、確かなものへと変わっていった。もう間もなく、そう、あと一つ辻を曲がれば己の屋敷。ちょうど、その辻に差し掛かった時、最後の鬼火が霧散した。微かな、囁きを残して。有難う…、と。二対の瞳は鬼火の消え去った虚空を見つめていた。
「若様、こんな刻限までいったい何をしておられたんですか…」
口煩い目付役の老人が息を切らせて駆け寄ってきた。眉間に寄せられた皺の深さが、これからの事を思わせるようだった。勘解由からはため息が零れた。どうせ、すでに城での経緯は行きわたっているはずなのだから。普段は本家詰めの爺がここに出張ってきているのはそれしか考えられなかった。
「まずは…、飯に…。話なら、その時でもいいだろう?」
勘解由は、さも大事そうに己の懐を撫でた。
「何を、持っておいでで…」
爺が、気にして覗き込んだ。その、胸元からひょっこり顔を出したのは白狐の子供。
「よりにも寄って…、そのようなモノを拾ってこられるとは…」
さも、呆れ返ったかのような口調に、流石の勘解由も苦笑いを返した。
> 因果 3
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