泡沫の夢
序章 因果
先の戦は後味の悪いものでしかなかった。
一揆をおこした農村そのものの壊滅。下級武家の三男である遠藤勘解由には、断ることも拒絶する事も許されない。隊編成に際して、自分の所にお鉢が廻ってこない事だけを願っていた。
主の命令とは言っても、勘解由自身はるか遠くから眺めた事しかない人物である。命に代えても…、などという感覚は全く起きるはずもない。生きていく為だけに、相手を屠ってきたのである。元々殺生は好まぬ気質なのか…、どうしても自分の手にかかった屍を見るたびに吐き気すら込み上げてくるのであった。手柄を立てようという気すら起こらない。当然のように、武家仲間からは腰ぬけ呼ばわりされていた。幼馴染ですら離れていく中で、なぜか足軽やら徴兵農民やらが集まってくるのだった。部隊長自身がこんなものだから、当然集まるのも手柄よりは命大事と考える輩ばかり。
「勘解由様は、ただの昼行燈じゃねえんだよな。…何言ってもさ、俺らの事見捨てねえもんなぁ…。」
足軽共のこんな会話も、日常の事。戦となれば、目立たぬように戦列から外れる事を最も得意としていたのだ。少しずつ、隊を動かし…、最も戦火の激しくない場所へ移動していく。そう、小競り合い程度の場所へと…。それでも、相手の頭が挑みかかってくれば、容赦なく斬捨てる。相手の反撃すらも許さない程の腕。ただ、それすらも、滅多に拝める姿ではないのだ。慕ってくる部下には人一倍気を使うのか、ほとんど勘解由の部隊からは死人が出ないとも云われるほど。中には、他の部隊から外れ、勘解由の傍に来る輩もいるほどに、下っ端どもには好かれていたのだ。
厳めしい見てくれとは違って、いつも飄々としている彼は、そんな奴らにも
「俺ん所にゃ、手柄なんかねえぞぉ」
と、間延びした声をかける。
「手柄なんかいらねえんでさあ…。俺らはさ、生きてかえれりゃそれで十分なんで…」
「かかぁの元にさえ、もどれりゃなあ…。一番の褒美でさあ」
下っ端どもの物言いにも「そうか、そうか」と笑顔で流す。器が大きいというよりも、来る者拒まずの不精が故。
「手柄の欲しい奴ら…、もうちっと頑張ってくんねえとなあ…。早く戦仕舞いしてえんだけどなあ…」
激しい戦火の上がる方向を見つめながら、勘解由はいつも同じ科白を口に乗せる。
「また、大将の口癖がはじまったさ」
顔馴染みの足軽がそう口に乗せるのも、勘解由は笑ってみていた。
こんな勘解由の部隊に有り難くも迷惑な話が舞い込んできたのであった。やはりの、農村殲滅戦。大した戦火にはならないと判断した上位の者。手柄の少ない部隊にも…、と変な気を廻してくれた輩もあったらしい。
(はた迷惑な…)
そう思っても、上位者には逆らえない。勘解由は部隊編成にあたり、いつも以上に頭を悩ませたのであった。結局は、下級武家出身の己と同じ立場の者達のみ数人に声をかけた。
「今回ばかりは、徴兵寄りの奴らは使えねえからな…。割食わせちまったなあ」
呼び出した連中にそう声をかけた。
「…まあ、しゃあねえかね。奴らに、自分の身内斬れっていうようなもんだからねえ…」
「俺らの立場でも、適当に…ってわけにはいかねえだろうしねえ…。で、上からはどんな?」
「…すべて滅殺。生きている物は犬畜生に至るまで…、だそうだ」
重い勘解由の言葉に、皆がうなだれた。
「完璧な、見せしめってことだわなぁ…。大殿はやはり魔王であったのだな…。」
「そして、俺らはその手下ってことだろうさ。結局は、俺らも異形のモノなんださ…」
指定の戦地に赴くその足取りは重い。これからの事を思えばなおの事。一揆鎮圧に名を借りた、ただの一方的虐殺。
「いずれ、あの世で恨み事は聞かせてもらうさ…」
目の前に立ちはだかった、馴染みの顔。
「…せめて、苦しまずに…」
その先の言葉が相手に届いたかどうか。驚愕に見開かれた瞳がじっとこちらを睨んでいただけ。切り離された胴体が飛沫を上げて倒れこんだ。勘解由達は、終始無言のまま、一撃で相手を絶命させていく。普段の戦働きとは全く異なったその姿。無表情の返り血を浴びたその姿は、逆に相手の動きを封じてしまう。悪鬼に睨まれた者達は、その場に腰をぬかして、しゃがみ込む。またそれを、一撃で薙ぎ払う。味方ですらも、その変りようには度肝を抜かれたようだった。
ついでとばかりに、若い娘に挑みかかる味方武士。あちらこちらで、慮褥の悲鳴すら上がっていた。勘解由らは、容赦なく、慮褥する輩ごと刺し貫く。組み敷かれた娘の心の臓を狙って。絶命するのは娘のみ。深手を負った男の方はかえりみる事もなく、次の相手へと向かっていく。まさに、鬼神と化したその集団。彼らの後ろには、一傷のみの屍の山。一刻もせぬうちに、負傷兵のうめき声しか聞こえなくなっていた。
> 因果 2
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